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月亭方正: ダウンタウンの影響が落語の根底にあり、『笑ってはいけない』復活に向けての全身全霊の覚悟

    
よろず~ニュースの取材に応じた月亭方正
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月亭方正: ダウンタウンの影響が落語の根底にあり、『笑ってはいけない』復...
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40歳で落語家デビューし、15年が経過した月亭方正が最近、よろず~ニュースに対しインタビューに応じました。このインタビューの中で、彼は落語、テレビ、そしてダウンタウンに対する自身の思いについて語りました。

月亭方正は長らくお笑い芸人として、人気テレビ番組「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!」などで活躍していましたが、将来についての悩みから、東野幸治から勧められた古典落語の魅力に魅了されたと語っています。

2008年、月亭八方の落語会で客演として落語家デビューし、その後正式に月亭八方の弟子となり、芸名「月亭方正」を授かりました。その後、東京から関西に拠点を移し、タレント活動を続けながら、さまざまな落語会や独演会を積極的に開催しています。

最初は芸人としての活動で「山崎邦正」という芸名を使用していましたが、2013年1月1日に「月亭方正」という芸名に統一しました。この変更について、彼は次のように説明しています。「なんばグランド花月に出演した際、出番に『月亭方正(山崎邦正)』と書かれていたことがありました。花月のスタッフは『山崎邦正の方が分かるでしょう』と思ってそう書いたのかもしれませんが、師匠から『カッコ悪いし、山崎でも月亭でもどちらかに統一しろ』と言われたことが理由です。

友情と信頼に満ちたダウンタウンの反応

芸名を「月亭方正」に統一した際、この変更をダウンタウンのメンバーに報告しました。彼は、それまでの芸名「山崎邦正」には『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』といったテレビ番組での長い付き合いがあり、この番組に対して深い恩義を感じていました。そのため、名前を変えることで番組の雰囲気が乱れたり、和が壊れたりするのではないかという懸念がありました。彼自身はテレビ番組で「山崎邦正」として活動を続けるつもりでいたことを明かしています。

しかし、月亭方正としての活動を始めた際、ダウンタウンのメンバーからは予想外の反応が返ってきました。彼は「うっとしいわ」「何で急に」という反応を予想していましたが、実際にはそれとは異なる言葉が返ってきたそうです。浜田雅功からは「オモロイやん、頑張りやあ」という評価があり、松本人志からは「おまえの人生やから、おまえで決めろや」との言葉が寄せられました。彼は改めて、ダウンタウンの2人が小さなことにこだわらない大人の姿勢を評価しました。

さらに、今でもダウンタウンのメンバーからは「山崎」「山ちゃん」と呼ばれることに触れ、「月亭方正になろうが、俺たちは変わらへんしって、というか。だから、それがありがたいです」と、変わらない友情と信頼に感謝の意を表しています。

大みそかの期待に応える決意

ダウンタウンとの共演は、月亭方正の落語に大きな影響を与えています。彼は、「それは全てだと思います。所作、顔のリアクション、間…。僕の落語の根底に流れているのは、テレビで培ったお笑い、センスだと思います」と述べ、テレビでの芸人としての経験が、彼の落語において貴重な資産であると語っています。

また、多くの人々が待ち望んでいる大みそか恒例の「笑ってはいけない」シリーズの復活についても触れました。彼は、「もしやるってなったら、何も考えず全身全霊でやるのは決めています」と語り、この企画に対する熱意を示しています。さらに、かつて松本人志がこの企画を提案した際、最初には「正直、何が面白いねん?」と内心思ったとも明かしました。笑わせる役割から笑ってはいけない状況になることが、彼にとっては新たな挑戦であり、その難しさについても言及しています。

八方師匠からの気づきと、芸事への愛情

テレビのレギュラー番組出演や落語会の開催といった多忙なスケジュールをこなしながらも、月亭方正はその日々を楽しんでいます。彼は、「八方師匠に言われて気づいたのが、芸事が好きだということ。落語に携わること、見るのも好きなんですわ。ラッキーなんですよ。めちゃくちゃ幸せだと思います」と語り、自身の仕事に対する情熱と幸福感を表現しています。

さらに、自身の家族にも「子どもたちには〝パパもいろいろとやってわかったけど、何が幸せの一歩を進めるかっていったら、とにかくやりたいことを見つけろ〟と言っています」と伝え、自分の経験を通じて、幸福についての重要なメッセージを伝えています。

彼の最終的な目標は、落語を通じて自分を表現することであり、自身のパフォーマンスにおいて自分自身をさらけ出すことです。「一番の目標は落語で早く自分を出したいです。まだ、どこかカッコつけて、精神的にスーツを着ているような感じで、舞台に出るときがあるんです。そんなん、パーッと脱いで裸の自分を見てもらうような。そこからが本物の噺家だと思っています」と、理想の境地を目指して、大好きな落語の世界で精進し続ける決意を語っています。

月亭方正(つきてい・ほうせい)のプロフィールについて

よろず~ニュースの取材に応じた月亭方正

よろず~ニュースの取材に応じた月亭方正

月亭方正(つきてい・ほうせい)は、1968年2月15日に兵庫県で生まれました。彼はお笑いの世界に足を踏み入れ、NSC(吉本興業の養成所)の6期生として1989年にお笑いコンビ「TEAM-0」で東京進出しました。しかし、1993年には「TEAM-0」の解散を経て、ピン芸人としてのキャリアをスタートさせました。

その後、月亭八方に弟子入りし、2008年5月に八方の落語会に客演として登場し、落語家としてのデビューを果たしました。その際、八方から正式に「月亭方正」の名前を授かり、上方落語協会にも2009年12月に加入しました。タレントとしての活動では、本名の山崎邦正名義で活動していましたが、2013年1月1日からは芸名を「月亭方正」に統一し、落語家としての活動を精力的に行っています。彼は舞台やテレビ番組などで幅広く活躍しており、その実力と個性的なキャラクターで多くのファンを魅了しています。

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